ガラスバッジ(9)

(8) のつづき

 

     しかし、奇妙なことに、

    我々が聞かされてきたのは、避難or移住によって不利益を被るのは、

    日本政府ではなく、被曝住民たち自身であるということでしたし、

    さらに、驚くべきことに、

    フクシマの人々自身も 自らそう思っていることです

 

         避難や移住によって健康被害の除去 と 生活再建の保障 (≠賠償!)を

        する道義的責任が 国には あるはずであるし、また 国の内外で 再び原発事故

        が起きた際の前例を、フクシマの人々自身が作っているという責任もある。

 

         フクシマの人は、広汎な放射能汚染を引き起こすような 従来の国家のあり方を

        根本から問い直す役割を、被害の当事者として荷う責務があるのではないか?!

 

     (フクシマとは、福島第一原発事故で 大地が放射能汚染を被った地域に住む人々のこと)

 

                                               

 

      2000年 三宅島の噴火で、全島避難をしたことがありました。

    老人も子供 も、漁師も避難し、4年5か月後に 避難は解除されました。

      http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/knowledge/pdf/miyakejima/02_Chapter.pdf

 

     フクシマでは、行政や マスコミ は、‘帰還したい’という避難区域住民

    の声を盛んに喧伝してきましたが、

    三宅島の人々は 4年以上にわたり 黙って避難生活を我慢した訳です。

     したがって、避難によって 住民が不利益を受けるのは、当然のことで、

    そのことが 避難をさせない政策の正当化には、必ずしも なりません。

 

      ※ 避難住民の不利益を いかに軽減するか という所にこそ、行政の手腕の見せ所

       があるはずなのです。

 

 

     では、

    なぜ、政府は 三宅島は避難させ、フクシマでは 住民を被曝環境に留めた

    のか? 

     ――― 三宅島では、火山弾や火砕流、二酸化硫黄など 直接 生命に

    かかわる事態が発生し、その被害が 即座に 誰の目にも明らかなため、

    行政としては 対応せざるを得なかったのですが、

    フクシマの場合は、放射能が五感では捉えられず、また急性障害ではなく、

    晩発の傷害であるため、直ちに 健康には影響が出ず、後になって出ても 

    多くは 目で見ては分かりにくいという事情のため、行政は 対応しがたい

         という違いがあります。

 

      ここに 原子力災害の特殊性があるわけですが、 

    さらに、この度のように、放射能による汚染が 広汎な地域にわたり、

    他の自然災害とは比べものにならない程、避難をすべき人数が膨大に

    なって、国家を崩壊させかねないという事実があります。

 

 

    この2つの 極めて特異な原子力災害のあり方に対して、

 

     1. 原発利用による生活上のメリットが たとえ あっても、一旦 激甚な

       事故が起きると、その生活そのものが奪われてしまうのであるから、

       原発利用自体を放棄しよう。

     2. 原発利用による生活上のメリットがあるのだから、いかに デメリット

       があろうと、デメリットを克服して メリットは手放すべきではない。

 

    という2つの立場があります。

 

         ふつう、1.を選択するのが 人間本来の態度だが、今日 主流の考え方は 2.。

         すなわち、今日の我々の考えは、人間本来の考えからは かなり逸脱している。

 

         また、自然災害は なくすことはできないが、原発は 人工物なので放棄可能。

        すなわち、原子力災害は 自然災害とは異なって、我々は その災害を根絶する

        ことができる。

 

 

     2.の立場においては、デメリットの克服が課題となります。

 

      一つには、事故を起さない原発を作るとか、事故を起さない社会的な

     装置を構築するとか、3.11以前にも 盛んに言われてきたことです。

      二つには、デメリットを、できるだけ デメリットではなくすること。 

     わが国が採用している ICRP放射線防護体系が、これでしょう。

 

        ※ わが国が、ICRP放射線防護体系を採用することについては、法的な

           根拠はありません。放射線防護の専門家集団の主流が ICRPの影響下

           にあるために、わが国が これを採用しているわけです。

 

 

    一については、 いくら事故を起さないような手段を講じても、事故を 0に

      することは不可能であるので、二を必要とします。

 

    二については、

       デメリットの本体は 放射線の被曝による死亡or健康障害であり、

     これから派生してくる 数々の問題群でしょう。

     したがって、

      まず 被曝をなくすことが一番⋆だが、原子力を利用する限り、被曝は 

     必ず生ずるので、「被曝による健康影響の評価」と その評価に基づく

     「被曝管理」によって、デメリットを少なくする・・・。

      今一つは、被曝から派生する問題群の削減です。

 

            ⋆ 例えば、被曝労働を 下請け労働者や外国人にさせる

 

      ところで、このデメリットというのは、誰のデメリットなのか?

 

         例えば、原子力事業者にとっては、社員の被曝を少なくするために、

          下請け労働に頼っているわけだが、これは 事業者や社員にとっては

          デメリットの回避になるが、下請け労働者にとっては 被曝というデメリットを

          しょい込むことになる。 即ち、デメリットを 他に付け回しているだけで、

          人間社会全体では、 デメリットは 少しも克服されてはいない。

 

           被曝者に死亡or健康影響が出ると、これは 被曝者及び家族のデメリット

          であるのは当然だが、一方 事業者は 損害賠償という経費(デメリット)が

          生ずる。このために、被曝との因果関係を極小にする論理を構築する等、

          被害を少さく評価すること*で デメリットを削減する。

           * この論理構築に使われるのが、ICRPの健康影響評価である。

            この場合のデメリットは、被曝者 及び家族 と 事業者とでは、明らかに

          非対称である。前者のデメリットは取り返しがつかないが、後者は その削減

          が可能であるからだ。

          また、自らのデメリットを削減するための方法・手段も、前者は 後者とは 

          比較にならないほど限られたものでしかないところにも、非対称がある。

 

             ※ 上には 「事業者」と言っているが、法律の上では 死亡or健康影響

               の責任は、事業者にあって、原子力推進を国是としている 「国」には

               及ばないようになっている。これも、福島第一のような 大規模な事故

               を目の当りにすると、法律上非対称を痛感させられる。

 

 

 

    ICRPの被曝による健康評価で、

    事故以来 目立って 我々が聞かされてきたのは、100m㏜/年でした。

 

      100 m㏜以下の被ばく線量では、他の要因による発がんの影響によって

       隠れてしまうほど小さいため、放射線による発がんリスクの明らかな増加を

       証明することは難しいとされる。

         低線量被ばくのリスク管理に関する ワーキンググループ 報告書 - 内閣官房

 

    つまり、

      100m㏜/年以下の被曝では 健康への影響は否定できないが、

      特定個人に 被曝の影響が出たことを証明することは難しいので、

      健康被害が出ても、その賠償は ほぼ できない(しないでよい)

    とする思想・ドグマでした。  

 

     これが、科学の名を冠して 政府の政策を決定づけたのですが、

    まさに、このドグマが、デメリットの極小化に 大変な働きをしているのは、

    注目すべきことです。

 

        この100m㏜/年のドグマが重しとなって、退避・避難区域 及び学校等の利用

       の20m㏜/年が正当化され、本来なら 避難すべき住民を 被曝環境に留めてしまう

       ことになったし、除染&帰還政策による イタズラな仮設生活の長期化を結果させて

       いるのである。

 

      100m㏜という物理学者好みのキリの良い数字を出していることにも、

    何かマガイモノの匂いがしますが、より 詳細に ICRPの体系を見ていくと、

    まさに この100m㏜を補強する論理立てになっていることに気付きます。

    すなわち、ICRPの防護体系は、「ためにする科学⋆1」ではないか? と・・・。

 

       ⋆1 目的がまずあって、その目的に沿うように理論を組み立てていく科学のこと。

 

     たとえば、

      ICRPが 100m㏜/年以下の確率的影響として認めているのは、

     ガンと白血病、遺伝的影響だけで、他の健康障害⋆2は無視しています。

                  5. 確率的影響と確定的影響 - 緊急被ばく医療研修

     しかし、被曝を受けた人にとっては、トータルな健康影響が問題な訳です。

 

        ⋆2 < ベラルーシ諸地域における非ガン性疾患(1)   < (2)

                         ユーリ・バンダシェフスキー 

            子供の臓器と臓器系統では、50Bq/kg以上の取りこみによって

                  相当の病的変化が起きている。しかし、10Bq/kg程度の蓄積でも

             様々な身体系統、特に心筋における代謝異常が起きる・・・

                        10㏃/kgの時         50㏃/kgの時    

            体重20~35kg :200~350 ㏃/Body     1000~1750 ㏃/Body

               50~60kg :500~600 ㏃/Body       2500~3000 ㏃/Body

                                 ※南相馬市:   内部被ばく検診結果

 

      これは、「 被曝による デメリットは、それを デメリット と認識しなくては、

     デメリット とはならない 」というような人間のサガを 巧みに利用して、 

     デメリットの極小化を図っている一例です。