仏教での真実と数学での真実は明らかに異なると思います。あなたも指摘されているように、数学は物質を科学的に扱う時の道具(計測概念)なのです。だから科学的にと言うのは、物質的に、と言うことを意味しているわけです。ところが仏教は、世界を物質と精神とに分けて見ません。それが、依他性と言うことでしょう。仏教は唯物論でも唯心論でもありません。
言葉や文字も約束事の道具だと言えます。それによって人間の思考・思想・暮らしが形成されてきたことは事実ですが、それがこの世の真実・真理に適合したものであると言うことにはならないのです。仏教では否定的に見ていると言っていいと思います。仏教での究極的な真実・真理は「不可思議」であり、したがって、人間が言葉や文字・数字で思考したり計算したりして思考試行錯誤(迷妄・苦悩)しつつ暮らしていることを正誤・善悪等で分別すると言うこと無く、そのまま、ありのままが、縁起(依他性)と言う真理によって顕現された真実のすがたであると見るのです。そして、その真実のすがたとは無・空であるとするのです。数字や文字、言葉(即ち、人間のチエ)
の通用する世界では無いということです。